蜜蜂と遠雷 恩田陸

小説

2017年に、直木賞・本屋大賞をダブル受賞した

「蜜蜂と遠雷」 恩田陸

を紹介します。


映画化や舞台化までされた何かと話題の作品ですが、
映画予告を見たくらいで、ほとんど触れてきませんでした。

好きなYouTuberさんがオススメされていたので、今回読んでみました。

それでは参りましょう!

冒頭でもっていかれた..

明るい野山を群れ飛ぶ無数の蜜蜂は、世界を祝福する音符であると。
そして、世界とは、いつもなんという至上の音楽に満たされていたことだろう、と。

蜜蜂と遠雷 恩田陸

”テーマ”の最後の部分です。

ここでは、生まれてすぐの赤ん坊(風間塵)が
初めて世界を認識する描写が描かれています。

母胎から生まれ出ててすぐの赤ちゃんは、「言葉」による分別がありません。
自分と世界の分別もついていないかもしれません。(仏教用語で、「無分別智」というそうです。)

そんなカオスな状態において、
光(視覚)→香り(嗅覚)→音(聴覚)
の順で世界を認識していく描写は、とても美しく、どこか懐かしい気がしました。

今、ふと小学校でなぜか流行った遊びを思い出しました。
掌で耳を開けたり閉じたりする遊びです。やりませんでしたか?笑

小さい頃は五感が敏感だからか、身の回りの音を注意深く聴いていたような気がします。

逆に今は、Bluetoothイヤホンをしている人をよく見かけます。
自分もそうで、無意識のうちに着けてしまいます。(耳と同一化するくらいに)

作品の言葉を借りると、これも一種の「音を閉じ込めている」状態だと思いました。

ときに自然の音に耳を傾けてみたり、音楽を味わったりしたいと思います。

音の言語化

演奏シーンは、常に心を持っていかれました。

コンテスタントの曲への解釈や想い、そこから浮かぶ情景がこれまた美しく描かれていました。

それを一番強く感じたシーンが、2次予選の課題曲「春と修羅」でした。
「自由に、宇宙を感じて」と指示された即興の箇所(カデンツァ)があり、
演奏者それぞれの人生から解釈し、生み出される「宇宙」が十人十色で、面白かったです。

中でも高島明石が一番感動しました。

社会人である明石は、一人で「春と修羅」に向き合います。
この曲は宮澤賢治の詩がモチーフで、詩や小説を読み直したり、岩手の作品の舞台に行ったりして
賢治の世界観、宇宙観をイメージしようと努力しました。

あめゆじゅとてちてけんじゃ。
あめゆじゅとてちてけんじゃ。
(中略)
よし、右手でトシの台詞をメロディに乗せ、天に召された彼女の声が繰り返し降ってくるところを表現し、左手で水晶を拾いながら世界や宇宙に思いを馳せる賢治の日々を描こう。

蜜蜂と遠雷 恩田陸

「永訣の朝」の中のこの言葉、中学校だったか高校だったかで聞いた覚えがありますが、
”言葉”というよりどこかで聴いた”音”として印象的に耳に残っています。

この”言葉”を”音”で表現するという明石の解釈方法には驚きました。
明石のピアノが「文学と音楽の架け橋」となるのだと思いました。

明石が舞台に上がる前、不思議な感覚になります。

あの向こうに、おばあちゃんの桑畑がある。
不意にそんな予感を覚えたのだ。
(中略)
桑の葉の匂いと、夏の匂い、風と光の気配を全身に感じながら、桑畑のあいだの畦道を一目散に駆けてゆく。
おばあちゃーん。
明石はそう叫ぶ自分の声を聞いたような気がした。

蜜蜂と遠雷 恩田陸

そして、演奏を始めると納得します。
思い出のおばあちゃんの桑畑と宮澤賢治のイギリス海岸とが重なったのです。

そこからの演奏の表現は意外とあっさりとしており、
逆にそれが明石の「春と修羅」にかけてきた時間の長さを感じさせました。

他のコンテスタントもそうですが、高島明石の「春と修羅」の演奏聴いてみたいですね笑

人間味あふれる天才たち

この作品で登場するピアニスト(風間塵、栄伝亜夜、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、高島明石)はみな天才だと感じました。
ですが、一方でそのような天才たちも同じ人間なのだと感じました。

ピアニストというのはとても孤独だと思います。
それゆえに頭の中で、さまざまなことを考えます。

演奏が失敗しないか、審査員は自分をどう評価するか、、、

私事ですが、ひろなりも小学校からピアノを習っていましたが、
ピアノの発表会ではいつも緊張して思い通りの演奏ができなかった記憶があります。

心の葛藤も多く描かれており、
自分にはどのような曲が合うか、どうこの曲を解釈するか、、、
音楽を通してその人の人間性や人生観、性格まで現れていました。

今回この作品を読んで、”オリジナリティ”とは何かを考えさせられました。
4人のピアニストはいずれも、ピアノを媒体として自分の人生を表現していると思いました。

ひろなりもピアノは弾けませんが、違う形で”自分らしさ”を世界に発信していきたいと思いました。

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