史上最強の哲学入門 飲茶

自己啓発

今回紹介するのは、飲茶さんが書かれた「史上最強の哲学入門」です。哲学というとお堅い学問のイメージがあり避けてきたジャンルなのですが、この本は入門書というだけあってとても読みやすかったです。哲学が好きになったほどです。哲学者というのは、この本を読むまでの私の勝手なイメージですが、他人の意見というより自分の意見の質を高めるためにひとりで黙々と問題と向き合い、真理を追及するものだと思っていました。しかし、この本を読んでなぜ哲学が現代で必要とされる批判的思考(クリティカルシンキング)に役立つのかがよくわかりました。それでは参りましょう。

神vs論理

「あなたは、神さまはいると思いますか?」

大学時代に宗教勧誘で受けた質問ですが、僕は迷わず「いると思います!」と答えました。おかげで、週一でお手紙が来るようになりましたが。。

西洋で、キリスト教が大きな力を持つようになった時代、神学と哲学の壮絶なバトルが起こっていました。そこにトマス・アクィナスが現れ、神学と哲学を融合させることで世界を捉えました。論理や数学で説明できる範囲を「哲学(理性)」の領域とし、説明不可能な範囲を「神学(信仰)」としました。現在のような科学技術が発展した時代でも、このような世界観を持つ人は少なからずいるのではないでしょうか。私も最近までこの世界観でした。

しかし、この世界観を完全否定した哲学者がいました。

「神は死んだ」

ニーチェの言葉です。彼はキリスト教を真っ向から否定しました。キリスト教はユダヤ人が迫害などの理不尽を乗り越えるため、自分たちをいずれ救ってくれる「神」を信仰するところから始まりました。現代においても「道徳」の授業で扱うような弱者への思いやりは、キリスト教がルーツだそうです。そのキリスト教の始まりの歴史的事実をもとに「神、信仰に頼るのは弱者のルサンチマン(恨み)」としたのです。つまり、私たちも普段考えるような「弱いということは優しい(善)」「権力、金があることはいやしい(悪)」といった、ある意味逆転した価値観は持たざるもののコンプレックスで、自らの不遇を無理やり正当化したものだということです。キリスト教の力が大きい西洋では多大な反感を買いました。

そんなニーチェですが、いずれ現れる信仰宗教を持たない人(末人)の生き方についても論じていました。日本人によくなじみ、かつ面白い哲学だったので紹介します。その名も「超人思想」です。ニーチェは、宗教が本来人が持つ「強くなりたい」という「力への意思」を押し殺している、「力への意思」のまま強くなることを目指すことで「超人」になれるといいます。昔よく見たアニメ(ドラゴンボーr)みたいですが、この熱い哲学が日本人のサムライ魂と重なり、ニーチェの思想が日本人に愛されていると感じました。無宗教の国に生まれたものとして、やはりこの境地を目指したいですね。

「私」と「他者」

レヴィナスの「他者論」が、本書を読んで一番心に刺さりました。ここで言う「他者」とは、一般に言う「自分以外の人間」のほかにも「哲学・科学・数学的に理解できないもの」の意味もあります。つまり「私」に理解できないものすべてが「他者」です。哲学でも科学でももうこれ以上説明できないという「限界」が見えた時代でした。そんな時代の中でレヴィナスが導いた「他者」=「理解できないもの」に対する論が、それから何100年後の現代に生きる私たちにも役立つようなものだったので紹介します。

ここでは「自分以外の人間」の意味で「他者論」について考えたいと思います。他人の考えていること、感じていることは想像できても100%理解することはできません。人の悩みのほとんどは対人関係だとかよく聞く話です。人には分かり合えない「限界」があります。ある哲学者にとっては「他者」とは最も殺したい相手だそうです。そこまでは思わないですが。

レヴィナスは「私」と「他者」の間に「限界」があればこそ、そこに無限の可能性があると考えます。無限の可能性があるから、ホントウ(真理)を求める好奇心が生まれ、それが原動力になるそうです。レヴィナスより昔の哲学者は、互いの論をぶつけ合う「弁証法」でさらなる真理を見出したのですが、哲学の「限界」の時代を迎えて、再び「他者=理解できないことと戦う」と原点に戻るのが面白いと思いました。哲学は、哲学者たちの論と論の戦いを積み重ねて洗練されてきた学問で、その本質が「他者論」にあると思いました。また、哲学や科学の「限界」の時代は、最強の「無知の知」の時代と捉えることができると思います。わからないことがわかったからこそ、そこに新たな問いを立て問題を解決していく。そうやって人間は進歩してきました。

この「他者論」を受け、初めから「他者」を受け入れるのではなく、自分の真理を追及して追及して壁が来たときに初めて、「他者」を受け入れる哲学者の姿勢を持ちたいと思いました。著者はこの章をレヴィナスの「他者論」で締めていますが、その意味は多くの哲学者の論を踏まえて「さらなる哲学はあなた自身が作りなさい!」というメッセージだと勝手に思っています。

哲学者かっこいい

本書で多くの哲学者の論を見ていく中で、哲学者の既存の常識を疑う力、真理を追及し続ける姿勢、自分の論に対する自信・情熱、etc…見習うべきところが多くありました。

初めはお堅いイメージだった哲学者ですが、私の予想に反して、自分の哲学を深めながらも他者の意見を受け入れる柔軟性を持っていました。いい意味で期待を裏切られて、哲学者の生き方は素直にかっこいいなと思いました。

また哲学書がなぜ批判的思考(クリティカルシンキング)の教科書と言われるのか、本書を通して理解できました。哲学者同士が互いの論を尊重しつつも、「本当にそうか?」と疑ったうえで、そこに問いを投げかけ、自論を展開する始まり方はだいたい同じだったように思います。「常識」という世間の物差しでものごとを捉えるのではなく、まずはその「常識」から疑い自分独自の物差し(哲学)で世界を見、本書で出てきたような哲学者のように、何らかの形でそれを世界に展開していきたいと思いました。

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