自分の中に毒を持て 岡本太郎

自己啓発

唐突ですが、YouTuberのマコなり社長という方をご存知でしょうか?
チャンネル登録者数がもうすぐ100万人になるビジネス系YouTuberです。私の尊敬する人の一人ですが、マコなり社長が強く影響を受けたのが本書です。

「常識人間」は成功しない


岡本太郎さんについて、「太陽の塔」を作られた方、くらいしか知りませんでしたが、本書を読んで岡本太郎さんの生き方・哲学に胸を打たれました。
前回の投稿で哲学は世間の「常識」を疑うことがスタートだと言いましたが、本書もその前提は同じでした。岡本太郎さんの哲学、なかなか熱い。

歴史的な哲学者と同じくらい熱くなれるような人生の教えがたくさんあったので紹介していきます。それでは、参りましょう。

危険な道をとるか、安全な道をとるか

人生は常にこの二つの道の分岐点に立たされている。
あまり経験がなく、失敗する可能性が高いが、胸がワクワクする危険な道。今までとさほど変わらない、失敗する可能性が低い安全な道。


岡本太郎さんはいつも危険な道を選んできたそうです。危険な道に進むことで「死(危険、辛いこと)」を経験することができ、そこではじめて生を実感するのです。

「楽しい」ポジティブな記憶は意外と印象が薄く、逆に精神的に追い込まれた「辛い」ネガティブな記憶は今でも夢に出てくるほど濃く刻まれています。もともとネガティブ思考なのもありますが、、

「辛かったけど、今となっては良い思い出」の方が多く、逆にその経験を「充実していた」と感じる方も多いのではないでしょうか?

危険な道は失敗がつきもので、どうしても安全な道を選んでしまいがちですが、生きている実感を得るためにも危険な道に飛び込んでいきたいものです。辛いのは正直いやですが。。

冒険なんてくそくらえ

岡本太郎さんは「冒険」という言葉が嫌いだそうです。

[名](スル)危険な状態になることを承知の上で、あえて行うこと。成功するかどうか成否が確かでないことを、あえてやってみること。「前途に多くの冒険が待ち受ける」「冒険してみる価値がある」「冒険者」「冒険心」

デジタル大辞泉(小学館)

「冒険」なんて、一時の羽目外しで、瞬間瞬間に人生をかけていない!と否定します。

自分のことを言われているようで、思わずドキっとしてしまいました。
たしかに勇気を出して挑戦したあと、その充実感でいつもの安全な道(安定)に戻ってしまいます。

自己啓発本を読むようになり、共通する考え方に気づきました。
それが、「今」「現在」を生きることです。

「消し去りたい過去の後悔」「どうなるかわからない将来への不安」などなど
堂々巡りしてしまうような悩みは「過去」「未来」のことです。考えたところで意味ないのです。

大事なのは「現在」の自分を見つめ、「これからどうしていくか?」にエネルギーを注ぐこと。

岡本太郎さんも、世界大戦、東京オリンピックなど激動の時代の中で、瞬間瞬間に命をかけて生きてきたからこそ、人生は「冒険」という甘いものではなく、常に自分の全体的全運命的責任を取る「闘い」だったのだと思います。

行きづまりにとびこめ

人間は精神が拡がるときと、とじこもるときが必ずある。
強烈にとじこもりがちな人ほど、逆にひろがるときがある。

自分の中に毒を持て 岡本太郎

歴史的表現者たち(芸術家のゴッホや文学者の芥川龍之介など)が精神的行きづまりに直面して自ら命を絶つのは、有名ですよね。
最近でも、有名な俳優さんが自ら命を絶つニュースには私も衝撃を受けました。
表現者ばかりが取り上げられますが、私たちにとっても無関係ではない問題です。

ここでも岡本節!

行きづまりをきりひらくには、ぼくのように、行きづまりに追われたら逃げないで、むしろ自分自身を行きづまりに突っ込んでいく。 強烈に行きづまった自分に闘いを挑んでいくことだ。行きづまりをこえ、うれしく展開されてゆくんだ。

自分の中に毒を持て 岡本太郎

本書の中で「己を殺す」という言葉を何度も使っていますが、行きづまりに直面するたびに自分の中の弱い「己を殺す」ことで、”新しい自分”で乗り越えてきたのだと思います。

岡本太郎、強いですね。。

岡本太郎哲学は誰にでも実践できるものではないですが、行きづまりにはまったときに闘う勇気とエネルギーをくれる言霊があります。

相手の中から引き出す自分それが愛(?)

この章の題名ですが、恋愛経験の浅い私にはまだ理解できなかったです。
ですが、この章が一番面白かったです。

岡本太郎さんが実際に何人もの女性と交際してきた経験を通して導いた「愛」の哲学!
読んだ人なら共感できると思うのですが、人生の大先輩に恋愛相談してもらっているようでした笑

一体になってはじめて一つの全体な存在

自分の中に毒を持て 岡本太郎

昔の時代にもローランドっていたんですね笑

岡本太郎さんは「男女」をまったく異なる魂で、違った眼で世界を見るという前提から、それ故に一体になってはじめて一つの全体な存在であると定義しています。一人一人バラバラでは不十分で、お互いに補い合うことで広がりのある”世界観”が生まれるのだそうです。

なんだか素敵ですよね。
自分にないもの、正反対な人に惹かれるのも、この男女の定義を踏まえればたしかに納得できます。

恋愛経験が豊富な人であれば導けなくもない恋愛観な気もしますが、岡本太郎さんここからが違いました。

ぼくの場合、愛はすべて闘いだった。
(中略)
彼女とほんとうに一体になるためにどうすればいいかという——これは、自分自身にどう対すべきかということなんだ。つまり自分を強烈にたたきつけて彼女と一体になれるかどうかということだ。

自分の中に毒を持て 岡本太郎

「恋は盲目」という言葉がありますよね。

《Love is blind》恋におちると、理性や常識を失ってしまうということ。

デジタル大辞泉(小学館)

彼女のことばかり考えて、自分を客観的に見れなくなるのではなく、ここでも自分の中の弱い「己を殺す」ことで彼女と一体になる。

「一体になる」って意味深な言葉ですね。
最初は、彼女と釣り合う男性になることかと思ったのですが、それも岡本大先輩に否定されました。

「愛の度合いが同等なことなんてありえないんだから、どっちかが一方通行の片思い、それこそ本当の恋愛じゃないか。劣等感なんて持つだけむだ。自分がその人を好きな気持ちに殉じればいいんだよ。」

私の胸に突き刺さりました。
水たまりのごとく浅い、私の恋愛経験では解釈の限界があるのでこのくらいにしておきます。

恋に悩める男性諸君の背中を押す言葉がたくさんあったので、読んでいない方はこの章だけでも読んでいただきたいです笑

他にも結婚観や家族観について、結婚、家族関係に悩んでいる方の背中も押してもらえる熱い哲学が詰まっています。抵抗を受ける方は多いかもしれませんが。。

”自分らしく”ではない、”人間らしく”あれ

本書で何度も出てくる言葉で、私がいちばん気になった表現があります。

「人間的なふくらみ」

初めて聞くことばですが、読んでいると違和感なく心にスッと入ってくる表現でした。
はじめは、”人としての器の大きさ”くらいに思っていたのですが、最後の「芸術」の章でやっとその意味が理解できた気がします。

「芸術」というと、アートとか彫刻などに限定されますが、岡本太郎さんは芸術を「人間、生きることそのもの」と定義しました。
芸術家岡本太郎のポジショントークに思えそうですが、現代を生きるわたしたちにも必要な考えだと思います。

つまり「人生すなわち芸術」だということです。自分というパレットで、人生というキャンバスに絵を描くイメージでしょうか?他者と関わる中で、さまざまな色を知り、自分のパレットの色を増やしていきます。あとはそれをどう世界に表現するか。

岡本太郎さんは、世の中が「政治」「経済」における技術主義・科学主義・合理主義といった”目的的”なことばかりを求めていることを危惧していました。人生に生きる意味はないのだから、そこには「芸術」(人間、生きることそのもの)がもうひとつ必要だと。

今さまざまなSNSが普及しており、特にTikTokやYouTubeは、見始めたら2時間経ってたなんてことが普通にあります。おそろしい。。無意識のうちにSNSに心をとらわれていました。

生活の無駄が省けたり、情報がすぐ手に入ったり、スキマ時間で楽しめるコンテンツがあったり、これ以上ないくらい生活は充実しました。

その中でも、”人生”という長いスパンで、「人間らしさ」「人間としての美しさ」を追及する広い視野をもち、瞬間瞬間を全力で生きる。
それによって、豊かな人間性、人間的なふくらみを持てる気がします。

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